多様性社会を“みんな”で生きていくヒントがある。10月24日公開映画『ミーツ・ザ・ワールド』は必見

「蛇にピアス」や「アンソーシャルディスタンス」で知られる小説家・金原ひとみの「ミーツ・ザ・ワールド」が、『ちょっと思い出しただけ』の松居大悟監督×杉咲花主演で映画化された(10月24日より劇場公開)。腐女子であることを周囲に隠して生きる由嘉里(杉咲花)がキャバ嬢のライ(南琴奈)に介抱されたことをきっかけにルームシェアを始め、ホストのアサヒ(板垣李光人)や小説家・ユキ(蒼井優)ほか歌舞伎町の住人たちと交流していく。まさにミーツ・ザ・ワールド(世界に出会う)ヒューマンドラマだ。
三ツ橋由嘉里(演:杉咲花)_平日は銀行員として働いているが、職場では“腐女子”である自分をひた隠しにして生きている。
鹿野ライ(演:南 琴奈)_美しいキャバ嬢。足の踏み場もないほどゴミが散乱した部屋で、希死念慮を抱えて生きている。
このあらすじだけを見ると「私らしく生きる」ことを肯定してくれるエンパワメントムービーに思えるかもしれないが、本作はもちろんその要素はあれど、「自分再発見!」みたいなアッパーでハッピーなテンションやトーンとは大きく異なる。クスッと笑わされてしまうユニークな会話劇の中にも寂しさや静かな孤独が漂う、淡々と痛みに寄り添う雰囲気に仕上がっているのだ。セルフラブ一辺倒ではなく、他者とどう関わりながらこの時代・社会を生きていくか――「わからないものをわからないまま許容する」優しい気づきを与えるメッセージ性が、より前面に押し出されているといっていい。そういった意味で、観客を一方向に無理やり誘導することがないため、きっと観賞中はとても呼吸がしやすいはずだ。
そうした効能をもたらしてくれる要因のひとつが、表面的ではないキャラクターたちだ。由嘉里は“腐女子バレ”することで周囲に引かれてしまったり奇異の目で見られることを恐れているが、死にたみ=希死念慮を抱えるライのことを「わからない」といい、本人の意に反して救おうとしてしまう。
そして、歌舞伎町で出会った人物たちを常識という名のステレオタイプで判断する。確かに、アサヒは妻が他の男と寝て稼いできたお金で店のナンバーワンの座を保っており、ユキはかつて幸福に耐えられず自ら家族を壊してしまった過去を持つなど、人によってはなかなか共感しがたい側面を持ってはいるが、だからと言って頭ごなしに否定していいかと言ったらそうではないだろう。人の数だけ正解があるのだから。内心で他者をどう思うかは個人の自由だが、部外者である自分が当事者である相手に「伝える」かどうかはまた別の話だ。
アサヒ(演:板垣李光人)_ライの知り合いのNo.1ホスト。既婚者であり、妻の財力で毎月No.1 にしてもらっていると語る。
ユキ(演:蒼井優)_BAR「寂寥(せきりょう)」で由嘉里が出会った、人の死ばかりを題材に書き続ける毒舌な作家。
『ミーツ・ザ・ワールド』は、由嘉里が「自分がされたら嫌なことを人にしてしまう」ことを悟る自省の物語でありつつ、それでもライに生きていてほしいと願う自分の本音との落としどころを探していく成長譚でもある。杉咲を中心とするキャスト陣の人間味あふれる演技と、松居監督の「どうだ100%共感できるだろう」「これこそが善で正解だ」とせず、ありのままを見つめようとする距離感が相まって、いまの空気感を映し出す人間賛歌になっている。
ライになぜか惹かれた由嘉里は、汚部屋でルームシェアを開始することに。
主人公が友に「今のオマエに生きろなんて言えない」「(でも)オマエがいないと寂しいよ」と相手の意思を尊重しつつも自身の相反する想いをぶつける「呪術廻戦」や、「私はあの“人”の“当たり前”を知らない」「戦いは避けられなくてもその奥にあるものを無視はしたくない」と罪を犯した敵との対話と理解をトライし続ける「僕のヒーローアカデミア」といった今をときめく人気作と同じ“何か”が、『ミーツ・ザ・ワールド』にも流れている。それはきっと、「思いやり2.0」ともいうべき他者への温度だ。
SNS等の普及や時代の流れにより、個人が生きづらさを声に出し、発信しやすくなった昨今。映画やドラマなどでも同様のテーマが多く扱われるようになったが、その多くは主観性が強いものだ。つまり、生きづらさを抱える主人公を被害者としてのみ描き、その人自身が持つ加害性を無視してしまっている。
対して『ミーツ・ザ・ワールド』では、主人公・由嘉里をはじめとする登場人物の加害性から目をそらさず、功も罪も抱えた一人の人間としてきちんと描き切っている。自分を理解してほしいと叫ぶばかりでは、現状の解決や修繕には向かっていかない。どうやっても理解できない部分があるのは当たり前で、それを強引にこっちが思う正解に導いていくことはせず、対話を繰り返してそれでも一緒にいられる道を探すこと――。「理解してほしい」と「理解したい」をセットで考える歩み寄りの姿勢。多様性社会を“みんな”で生きていくヒントを、本作は示してくれていた。
映画『ミーツ・ザ・ワールド』2025年10月24日(金)全国公開
©金原ひとみ/集英社・映画「ミーツ・ザ・ワールド」製作委員会
配給:クロックワークス
出演:杉咲花 南琴奈 板垣李光人
くるま(令和ロマン)加藤千尋 和田光沙 安藤裕子 中山祐一朗 佐藤寛太
渋川清彦 筒井真理子 / 蒼井優
(劇中アニメ「ミート・イズ・マイン」)村瀬歩 坂田将吾 阿座上洋平 田丸篤志
監督:松居大悟
原作:金原ひとみ『ミーツ・ザ・ワールド』(集英社文庫 刊)
脚本:國吉咲貴 松居大悟 音楽:クリープハイプ
主題歌:クリープハイプ「だからなんだって話」(ユニバーサルシグマ)
G/126分
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