西島秀俊「やらないで後悔したくない。だったら飛び込もう、って」映画『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』9月12日公開
映画ファン待望! 『ディストラクション・ベイビーズ』(‘16)や『宮本から君へ』(‘19)など国内外から注目を集める真利⼦哲也監督、6年ぶりの最新作『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』。この主演を務める西島秀俊さんに、お話を伺う機会を得ました。映画『ドライブ・マイ・カー』(‘21)やAppleTV+の配信ドラマ『サニー』(‘24)など、ファンにとっては西島さんの魅力が「いつかはバレると思っていたけれど、とうとう海外でも見つかってしまった……」感のある昨今のご活躍について、気になり過ぎる最新作についてお話いただきました。聞き手は映画ライターのよしひろまさみちさんです。

共演のグイ・ルンメイさんとご一緒できたのは本当に幸運でした
――NYを舞台に、多言語・多国籍の現場ですが、お芝居をするうえで意識していたことは?
西島秀俊さん(以下西島) 僕が演じた賢治は、妻のジェーン(グイ・ルンメイ)と一見普通の夫婦ですが、お互い触れないようにしている家族の秘密や問題を抱えています。それが息子が誘拐されたことで露呈し、問題に直面しなければいけなくなっていくという話です。ニューヨークに住んでいたり、賢治が廃墟を研究テーマにしているのは過去の震災の経験にとらわれているからなど、特殊な面もありますが、この家族が抱える問題には、誰しもが抱えるような問題が投影されていると思います。観ている皆さんに共感していただけるキャラクターになってほしいと思いながら演じていました。
――セリフの9割が英語でしたね。
西島 賢治は大学の助教授です。日本での研究が評価されてアメリカに呼ばれたという役柄なので、英語がネイティブほど堪能ではないという設定でしたが、それでもハードルは高かったです。母国語ではない言葉で芝居をしなければいけないですし、ジェーンとのケンカで感情が高ぶっているときは、お互いの母国語をぶつけあうシーンもありました。その中で、共演のグイ・ルンメイさんとご一緒できたのは本当に幸運でした。最初の本読みはオンラインで行ったのですが、そのときから素晴らしかったです。彼女が目の前で自然な演技をしてくれたことが、僕にとっては大きな助けになりました。
この作品で描かれた日常の崩壊は、これまでに体験してきたことと無縁ではない
――本編にもありますが、内緒話などを分からない言葉でされると、不安になりますよね。
西島 いい話でも悪い話でも、何となく不安になりますよね。脚本にも描かれていたのですが、感情が先走ってしまうときは、どうしても母国語になってしまう、というのはとても共感できるところでした。完成した作品からはカットされていますが、賢治が日本語でブツブツと独り言や文句を言うシーンもありました。
――日常が壊れていくところに惹かれた、と公式インタビューでおっしゃられていますが、西島さんにとっての「日常にある歪み」とはどういうものと考えられましたか?
西島 本当に些細なことから始まったりするのではないかと思います。たとえばタイミングの悪いときに家族から“部屋を片付けて”とか“手伝って”と言われる。ジェーンと賢治もそういう日常の些細なことから次第にギクシャクしていき、そのフラストレーションの蓄積が息子の誘拐事件で一気に弾けてしまう。いつもの日常が何かをキッカケに突然壊れるということを、僕たちもこの10年くらいの間に震災やパンデミックなどで何度か経験しています。この作品で描かれた日常の崩壊は、これまでに自分自身が体験してきたことと無縁ではないと感じました。
――真利子哲也監督とは初めてのタッグですね。
西島 はい。映画『ディストラクション・ベイビーズ』(‘16)に感銘を受けていたので、非常に楽しみにしていました。理屈を超えたところで映画を撮る方という印象で、人間の奥深くに隠れているものの表現が素晴らしい、と感じていました。今回ご一緒させていただきましたが、直感的に撮るのと同時に非常に冷静な目で見ているんです。海外での撮影は特に時間の制約や、多言語・異文化間のコミュニケーションなど、ものすごく難しかったと思うのですが、僕が見ている限り、全くトラブルもなくスムーズでした。もちろん実際はいろいろと起きていたとは思いますが(笑)。
――ある意味期待以上?
西島 はい。冷静な判断をすることで、居心地のいい現場を作ってくださったのは監督の力だと思っています。素晴らしい体験になりました。
――真利子監督の作品は、暴力とその衝突が描かれることが多いですが、この作品では表向きにはそれが出ないにしても、なんらかの暴力や脅威にさらされています。その不安、不穏さみたいなものはどうとらえました?
西島 賢治たちが暮らしているのはブルックリンなんですが、移民であることや、相互理解が足りていない、周囲が無理解であることなどが、不安の根底にあると思っています。自分が大切にしているものが、自分の身近な人にも全く理解されない。特にグイ・ルンメイさんが演じたジェーンは、彼女にとって一番大切なものが簡単に否定されてしまう。この折り合いのつかなさが不穏さとなり、日常の崩壊と破綻への予感になっていると思います。同時に、それは現代社会に潜んでいる問題と直結しているようにも感じられます。肉体的な暴力ではなく、無理解や外からの暴力的な出来事にさらされることで日常が壊れ、お互いの状況や関係性が変わっていく様子が描かれています。
僕がコミュニケーションで大事にしているのは、正直であることです
――国際的な現場、そしてセリフも外国語メイン。コミュニケーションの大切さについても学ばれたのでは?
西島 そうですね。僕がコミュニケーションで大事にしているのは、正直であることです。正直でストレートな言葉は、自分の思いや考えが、相手に一番強く伝わると感じています。体裁をつくろって話をしていると、きちんと相手に伝わらないんです。今回、海外のスタッフ、キャストの方々とお仕事をするなかで、そのことをより一層感じました。これからも常にそうありたいと思っています。
――本作だけでなく、AppleTV+の『サニー』など、国際協業が増えています。日本の映像作品も国際協業を積極的にアプローチしていくことが増えていますが、それについてどう感じていますか?
西島 国際協業ということに詳しいわけではないのですが、この作品のような映画を続けていくチャンスにつながるのではないかと感じています。日本国内で面白い映画が生まれていますが、その流れがより良い方向へ進んでいけばいいな、と思っています。単館系の映画は市場が小さく、バジェットも大きくかけることが難しいため、いい企画、いい人材がいてもなかなかチャンスがありません。海外へ企画を出して、その企画に海外からも出資する人が出るというやり方がもう少し普及していけば、もしかしたら日本のアートがさらに育っていく可能性があるかもしれません。そうすることで日本映画の素晴らしさが世界に広がっていけばと思います。
やらないで後悔するくらいなら、やって後悔したほうがいい
――その旗振り役、リーダーとして西島さんは活躍する可能性がありますよね。
西島 いえいえ……僕はリーダーではないです。真田広之さんや渡辺謙さんなど、もう何十年も海外の作品を経験して先陣を切っている方々こそがリーダーだと思います。僕自身は、アメリカのエージェントと契約を交わしたことで、間口が少しだけ広がったという意識です。国内外の素晴らしい才能の方々と一緒に作品を作っていきたい、ということには変わりはありませんが、もし若い方で僕が力になれることがあるなら手助けもしていきたいと思っています。
――西島さんは50代にして新しいステージをたくさん経験されています。世間的にはなかなか変わりたくても変われない世代で悩んでいる人は多いと思うんですが、どうすれば西島さんのような勇気を持てるんでしょうね。
西島 僕は、いい映画の制作に携わりたい、という思いが常にあります。独立したり、海外のエージェントと契約したりというのは、その自分のやりたいことにチャレンジできるようにするためのシステム作りです。これまでも少しずつ変えてきましたし、これからも変えていくと思います。今は、ようやく環境が整いつつあるので、ここから一歩一歩という感じです。ただ、ひとつ言えるのは、僕自身は、やらないで後悔するくらいなら、やって後悔したほうがいい、と思っています。やらないで後悔するのがいやなので、飛び込もうって思うんです。
『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』
story NYで大学の助教授を勤める賢治(西島)は、アジア系アメリカ人の妻ジェーン(グイ・ルンメイ)と息子の3人で暮らしていた。が、ある日、息子が行方不明に。誘拐事件と判断され、夫妻は警察から聴取されるが、次第に互いに抱えていた秘密が明らかに……。
監督・脚本:真利子哲也/出演:西島秀俊、グイ・ルンメイ ほか/配給:東映/公開:9月12日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
© Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.
Interview:MASAMICHI YOSHIHIRO
Photograph:KAZUYUKI EBISAWA[MAKIURA OFFICE]
Hairmake:MASA KAMEDA
Styling:TOSHIHIRO OKU
EDITOR
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