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オトナミューズ編集部

「とてつもない優秀な才能に日本映画界は支えられている」二階堂ふみ9月5日公開映画『遠い山なみの光』インタビュー

戦後80年を迎えた2025年にまたひとつ、観ておかずにはいられない映画が生まれました。9月5日公開『遠い山なみの光』は、1989年にイギリス最高の文学賞であるブッカー賞、2017年にノーベル文学賞を受賞し、二つの世紀を代表する小説家となったカズオ・イシグロの長編小説デビュー作が原作。終戦間もない長崎という、まだ過去にしきれない「死」の記憶と、未来を夢見る圧倒的な「生」のパワーが渦巻いていた時代を生き抜いた女性の姿を通し、先の見えない時代を生きる私たちに前へ進む勇気をくれる、感動のヒューマンミステリーです。

 

戦後の長崎で暮らす主人公の悦子を広瀬すずさんが、イギリスに渡った1980年代の悦子を吉田羊さんが務め、二階堂ふみさんは1950年代、悦子が出会うことになった佐知子という女性を演じています。原作をお読みになったことがある方はそっと、口を閉じて。お読みになられていない方はどうぞそのまま、映画館に行かれてもいいかもしれません。第78回カンヌ国際映画祭 「ある視点」部門正式出品作品 となった本作は、ヴェネチア国際映画祭で絶賛された『愚行録』、日本アカデミー賞優秀作品賞を受賞した『蜜蜂と遠雷』、日本アカデミー賞最優秀作品賞を含む最多8部門受賞となった『ある男』の石川慶監督が素晴らしく映像化。

 

本作でとても大切な役割を担った二階堂ふみさんに、じっくりお話を伺うことができました。

石川監督だったらこれまでのように美しい映像にまとまると信じていました

――カズオ・イシグロさんの原作小説と脚本を読んだとき、どのように感じられましたか?

 

二階堂ふみ(以下二階堂) 先に台本を読ませて頂きました。いつも台本を読むときはある程度、映像としてどうなるかを想像しているのですが、この作品も台本から受け取るイメージが非常に大きかったですね。それで監督と話し合いをしている中で、原作も一読んだほうがいい、と思い読み始めました。原作は原作で映画の台本とは違ったパワフルな作品だと感じると同時に、原作の時点で解像度が非常に高くて。そういった作品を映像化するとなると、そのままでは非常に難しいでしょうし、この映画がこういうアプローチでいく、という理由もよく分かりました。

 

――原作は文字だけだからネタバレすることなくラストの驚きが生まれますが、そのまま映像にするとなると、そうはなりませんよね。

 

二階堂 そうなんですよね。映像化に際してすごく挑戦的な台本になっていると思いました。石川監督でなければこんなにうまくいかなかったんじゃないかと思います。石川監督の作品は、『蜜蜂と遠雷』をはじめ、よく拝見していましたが、いつも非常に美しい映像を紡いで、主軸となるストーリーはすごくロジカルに描き出されていて。洗練されていると感じていました。『遠い〜』は映像化がすごく難しい作品ですが、石川監督だったらこれまでのように美しい映像にまとまると信じていました。

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現場では悦子(広瀬すずさん)とうまくリンクしていくように、と心がけていました

――石川監督の作品は芸術性が高いことで世界的に評価をされていますよね。

 

二階堂 説明過多になりがちな映画が多いなかで、監督の作品は一度観たときは腑に落ちなくても、何度も観ているうちに分かる、もしくは腑に落ちないでもそれぞれが受け止めればよい、という作品づくり。そこが観る側としても演じる側としても、すごく好きなところです。おまけに今作はイシグロさんの文芸作ですし、映画にするにはすごく難しいことは覚悟していました。この物語の中で戦中戦後の市井の人たちが感じていたこと、経験されたことを、この戦後80年の節目に紡いでいくことに意味がある、と石川監督とイシグロさんがカンヌのインタビューでおっしゃっていたんですが、私自身もそこには共感していますし、とても深い意味があると思っています。そういった物語だからこそ、分かりやすさを重視する、というのは、あえてしてはいけない、という気すらします。

 

――作り手のおひとりとして、その使命は感じられているんですね。

 

二階堂 偉そうなことは言えませんが、あの大戦を題材にした作品をこのタイミングでお披露目するわけですから、私の中でもあまりわかりやすい落としどころを作らない大切さみたいなものがあるのではないか、と思っています。

 

――映画にある余白の大切さって、今こそ考えるべきですよね。分かりやすさ至上主義の映画が大半になってしまいましたから。

 

二階堂 おっしゃるとおり、観る側にとっての余白があることは、作り手側からするとある程度の隙間があることにもつながり、役者としてはそのほうがコミットしやすく感じるんですよね。ただ、この作品は……難しかったです。

 

――難しいというのは、役作りでしょうか。それとも役そのもの?

 

二階堂 私が演じた佐知子は、“こういう経験をしてきたキャラクターです”ということが明らかにはされない役だったので、役自体を解釈するために監督と密にコミュニケーションをとりました。広瀬さんが演じた悦子とは鏡合わせのようになっているキャラクターでもある、と石川監督がおっしゃったことをヒントに、現場では悦子とうまくリンクしていくように、と心がけていました。

――観た方だけで共有できる、佐知子の秘密がありますものね……。

 

二階堂 そうですよね。原作を読んだときも感じたことですが、この作品自体、悦子だけでなく出てくるキャラクターがみんな、多面的に描かれているんですよ。わかりすくキャラクターの役割を明確にして作られることが多いですが、この作品に関しては違いました。悦子は最初こそあの時代を必死に生きる、どちらかというと受け身な女性。でも、広瀬さんが作っていった悦子は、物語の展開とともに強さが見える多面性を持った女性に仕上がっていったんです。このことは現場でも監督とお話していたんですが、そのおかげもあって、私も佐知子をある程度の幅をもって演じることができたのだと思います。

 

――広瀬さんや石川監督とのセッションによって完成したんですね。

 

二階堂 そうですね。そうして作るキャラクターはもちろん大事ではあったんですが、役作りにおいてはリサーチを重点的にしました。この物語の舞台になった長崎や広島で被爆された方、または戦争を経験された方々が、あの時代にどういった生活をされてどういうものを見聞きしていたのか、ということが、佐知子を演じるうえでは重要な気がしていたので、ドキュメンタリーや資料を観たり読んだり。そうやって、当時の人々が感じていたことに少しでも近いことを感じ取れるよう、現場では努めていました。

――そういえば参考資料は監督から指示されたんですか? 古い映像資料とか探し出すのは難しかったのでは?

 

二階堂 特に指示はされませんでした。ドキュメンタリーをはじめ、映像資料やインタビューを観たり読んだりしていました。もともと高峰秀子さんが大好きで……、

 

――え!?

 

(編集部注:高峰秀子……1929年子役デビュー。戦前・戦後を通じて半世紀にわたり日本映画界で活躍した女優)

 

二階堂 名コンビとなる成瀬巳喜男監督の作品や、小津安二郎監督の作品など、以前から観続けていて。高峰さんは戦前から活躍されて、戦時中には慰問公演もされていた当時の大俳優じゃないですか。当時のアイコンであり、当事者である高峰さんの作品、お芝居、エッセイなどの著書から得られた情報の影響が、少なからずあったと思っています。

 

――高峰さんの作品にハマったきっかけは覚えてらっしゃいますか?

 

二階堂 子どものころに、松山善三監督の『名もなく貧しく美しく』(61)をテレビ放映で母と一緒に観たことですね。本当に素敵なお芝居をされる方だな、と思って、そこからずっと観続けています。

 

――わー……渋い。けどいい機会でしたね。

 

二階堂 エッセイを読むと分かるんですが、ご自身の生活ぶりも素敵なんですよ。すっかり高峰さんフォロワーです。

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認め合うということを大切にしながら現場に参加したいと思っています

――そもそも高峰さんのフォロワーだとすると、50年代パートの佐知子についても理解は早かったでしょうね。

 

二階堂 どうでしょうか…。理解できていた、とはおこがましいような気がしますが、勉強になる時間でした。50年代の日本ってすごく独特のエナジーがある時代だと、この作品を経て実感しました。佐知子はアメリカに渡ることに未来の希望を託している女性ですが、そういう人だけじゃなく、過去に希望をおいてきた人、または何かを変えようとして運動を始める人もたくさんいらした時代。それぞれ全く違う希望を持っている人たちが動かしていた時代だったのだと思うと、現代とは違う自由も感じるんですよね。もちろん戦争でまっさらになった土地や倫理観、価値観があったからゼロから作り出さないといけないという気持ちはあったと思いますが、それにしても今を生きる私たちとはだいぶ違います。振り返ると、昭和の時代のほうが今よりも生きることが大変だったはずなのですが、今の社会を覆う閉塞感みたいなものはあの時代にはあったのかな、と考えます。

 

――佐知子と悦子の50年代のパートで意味深いと思った部分は?

 

二階堂 三浦友和さんが演じられた悦子の義父・誠二です。戦中は戦中の常識で生きていた大人が、戦後ガラッと一気に常識が変わってしまったことで、生き方やアイデンティティを変えなくてはいけなくなるキャラクターです。過去の自分を否定して生きること自体、想像もつかないことですし、共鳴するというものでもありません。でも、生き方をチョイスしていく時代になり、ひとりひとりがそれぞれ歩み始めたという大事な時期を象徴するキャラクターだったと思います。

――あのパートでは巨大なセットなどがありましたが、いかがでした?

 

二階堂 すごく大きなセットでしたね。佐知子が暮らしている場所ひとつとっても壮大なんですよね。石川監督が現場でおっしゃっていて印象的だったのは、その場所に住み着いた、という言葉。それだけでも佐知子が娘とともに生きるために必死でたくましいということが分かりましたし、その家の中もすごく佐知子という人物を表すつくりなんですよ。佐知子はできる限り自分が好きなものに囲まれて、心を豊かに、前に進もうとしているキャラクターだということがセットから伝わるんですね。しかも、現場は本当に多国籍なスタッフに囲まれていたので、居心地もよく、すごく素敵でした。

 

――国際色豊かな現場といえば、『SHOGUN 将軍』もありましたが?

 

二階堂 『SHOGUN~』の経験は非常に大きかったですね。たっぷり準備する時間があって、これまで関わった作品で最大の人数が関わっていて、コミュニケーションやディスカッションにもものすごく丁寧に向き合えて。同時に、日本映画界はとてつもない優秀な才能に支えられていると実感しました。効率的であり、改善点もすごく早く対応するのが日本の現場。ハリウッドではとにかく対話して、認め合うことから始めるんです。それはとてもいいことだと思っているので、今はとにかく認め合うということを大切にしながら現場に参加したいと思っています。

『遠い山なみの光』
story
日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母悦子の半生を作品にしたいと考える。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた<嘘>に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。


監督:石川慶/原作:カズオ・イシグロ/出演:広瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊、カミラ・アイコ、柴田理恵、渡辺大知、鈴木碧桜、松下洸平/三浦友和 /配給:ギャガ/公開:9月5日よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
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遠い山なみの光

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Interview:MASAMICHI YOSHIHIRO
Photograph:KAZUYUKI EBISAWA[MAKIURA OFFICE]
Styling:ERI TAKAYAMA
Hair&Make-up:AIKO TOKASHIKI

ピアス¥30,000、リング¥150,000(共にロロ)

問い合わせ先
ロロ 03-6804-5499

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37歳、輝く季節が始まる! ファッション、ビューティ、カルチャーや健康など大人の女性の好奇心をくすぐる情報を独自の目線で楽しくお届けします。

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