「準備はする、でもまっさらに演じる」【長澤まさみ】主演映画『おーい、応為』で天才絵師を体現
応為の、自由にやりたいことをやって生きる姿はとても魅力的
江戸時代において芸術は男性の世界。応為の存在が異質であったことは想像に難くない。その異質さについて長澤さんはこう続ける。
「応為の作品はわずか7、8点しか残っていません。でも、北斎の娘だったからそれだけ残せたともいえる。
当時、応為以外にも女性画家がもしかしたらいたかもしれないけれど、現代に名前も作品も残されていない方からすれば、応為は恵まれている人なのかな? とも思えました。応為が描く作品の色彩の鮮やかさや女性ならではの視点も、男性の世界だったからこそ際立つ存在感があったはず。
撮影中は、応為の作品の模写を使っていたのですが、その後実物を見る機会に恵まれて、一目見た瞬間に北斎の作品との違いは明らかでした。男性が描く女性は色気やたおやかさが前に出てくるけれど、応為が描く女性には凜とした佇まいがあって、同性にしか描けない美しさが今も心に焼き付いています。
美術品をはじめ芸術は、見た後に記憶や心の中に残って、『あぁ、よかったな』と何度も感動できるものが素晴らしいものだと思うんです。映画にしても、観た後に記憶に残るものが大切だと思うし、改めてそういうもの作りをしたい。誰かひとりでも『良かった』と心に残してくれるなら、きっとそれが私にとってのやりがいなのだろうなと、改めて気付かされる出来事になりました」

©️2025「おーい、応為」製作委員会
長澤さんも表現を生業にする人。描かずにはいられない宿命を背負った応為を演じてみて、心を寄せたのは“どれだけやっても納得できないまま”というもどかしさ。
「応為のように描かずにはいられない業は私には全然ないし、芝居をしなくても死なないし、むしろ元気になれそう(笑)。芝居は難しいですし、やってもやっても納得できるものでもない。納得できないからもう少しやってみようかな? という気持ちは、応為や北斎が追い求めていた感覚とは少し重なるかもしれません。
私はまだ、好きで芝居をしているのか、仕事だからやっているのか分からない。でも、少なからず楽しさや面白さが上回るから続けているんだろうと思います。きっと応為は自分の存在、生き方を人と比べて特別だなんて思ってなかったと思うんです。私自身も、自分の人生が特別かどうかは、他人ではなくて自分が決めるものという考え方。
自分がどういう人間になりたいのかを考えながら、物事に向き合っているし、付加価値は人の評価じゃなくて、自分で生み出すものと考えているから。でも、なりたい自分に近づく方法として、例えば『これは私にしかできないことだから』と、ときには自分を特別視して、納得させたり、鼓舞することも大事ですよね。
映画の中で応為がどんな思いで描き続けたのか、正確なことは分かりませんし、その心は応為のもの。でも、自由に、やりたいことをやって生きる姿はとても魅力的で、演じていて心地よささえ感じました。絵にひたすら向かっている姿や、90回以上も引っ越したというエピソードも、現代の私たちには真似できない軽やかさ。執着しない、流れに任せて生きる。それは江戸時代の彼女だからこそできたことかもしれませんが、私もどこかそんなふうに生きられたらなと憧れます」

text:HAZUKI NAGAMINE
photograph:LOCAL ARTIST styling:KEITA IZUKA hair:TOMIHIRO KONO
make-up:NOBUKO MAEKAWA[Perle management] model:MASAMI NAGASAWA
cooperation:mesm Tokyo, Autograph Collection
©️2025「おーい、応為」製作委員会
otona MUSE 2025年11月号より
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