「自分にとって得意じゃないところにあえて飛び込んだ」 満島ひかりが語る『First Love 初恋』
7本に及ぶ映画・ドラマの公開、音楽活動にグッチの短編&ショー等、2022年も大活躍だった満島ひかりさん。ますます表現者として成熟してきた彼女が考える、自分らしさとは? Netflixシリーズ『First Love 初恋』を中心に、独立後の変化を交えて語る。
interview&text:SYO
■再現できない芝居しかしないぞ。
そう決めて、撮影に入りました
―『First Love 初恋』は計8カ月もの長期ロケだったそうですね。それだけの期間、ひとりの役、しかも十余年分の歳月を演じ続けるのは相当大変だったのではないでしょうか。
「出会った役柄で、これまでで一番長かったのは舞台『ハムレット』のオフィーリアだったかな。『First Love 初恋』は、コロナウイルスで延期になったりもしたので、最初に予定されていたより随分長いあいだ関わる作品になりました。撮影が始まってからは、27歳の也英ちゃん(※満島さんが演じる主人公)のつらい時期を撮影したその次の日に、35歳の普通の日を撮ったり、クランクインして3日目に8話のクライマックスの大きな場面を撮影したり。変則的なスケジュールだったので、心身への負荷はものすごくありました」
―視聴者からすると、八木莉可子さん演じる学生時代を含めて也英という人物が積み重なったうえで満島さんの芝居を観ていきますが、ご本人からすると……。
「大変でした、『まだ思い出がない!』状態で(笑)。ただ、準備期間はかなり長かったので。ドラマに参加することが決まってから撮影まで1年以上はあったかな、その間に寒竹ゆり監督たちと脚本のことを話して。『演じる側からするとここはノッキングが起きそう』といった意見をゆっくり伝える時間もありました。キャスティングとかオーディションにも幾つか参加したんです。15歳の綴(※満島さんの息子の役)のオーディションで、私のことをお母さんを見るように見ている目の子に出会って。『綴は彼だ!』と書類から指を離せなかったのが、荒木飛羽くんだったり。作品に出演している若いキャストの4人(荒木飛羽・八木莉可子・木戸大聖・アオイヤマダ)とは2、3回お芝居のワークショップもやりました。同じ作品でそれぞれが、のびのびと輝く魔法を伝授する時間みたいな(笑)。楽しかったですよ」
―そこまで携われていたのですね! 本編を拝見して、満島さんの演技は瞬間の生っぽさに溢れていて、そのぶん再現が難しいとも感じました。表情ひとつとっても、テイクを重ねられる類のものではない。
「再現できない芝居しかしないぞと決めて、撮影に入っていました。というのも、監督には強いこだわりがあって、自分が撮りたい世界を構築するタイプの方だったので、そのよさを生かし合うためにも私は本能や直感、動物性を出したほうがいいんじゃないかなと思ったんです。撮影的には『もう1回』を求められるときも出てくるけど、二度とできないことをしたいなと。いつも以上に繊細に、糸の上を歩いているようなギリギリの感覚を保っていました」
■作品と人生がびりびりと
響きあう感じがあるといいな
―その意志は、観ている側にもしっかり届いていると思います。
「観ている人たちそれぞれに人生があって、たまたまの縁で作品に触れる機会があって。ある瞬間に自分の知らない部分が引きずり出されるというか、作品と人生がびりびりと響き合う感じがあるといいな、なんてことはちょっと理想にしています。誰にどのタイミングで何が伝わるか、出合うことでからだの中の宇宙が芽生える感覚は私自身も感じたいし、大きな物語の流れとは別のところに、予期せぬ気持ちがあるかもしれない。撮影中は、ただ夢中でいる感じですかね」
―作為を減らすことで、観る側が能動的に感じ取れる余白が増すのですね。それを実現するためには、チームの面々との美意識や認識のすり合わせがことさら重要になってくるのではないでしょうか。
「そうですね。特にこの作品は、撮影が長期化したことで照明部が3回、録音部が2回代わっています。制作部も本当に大変だったはず。そんな中カタチにできたのはもう、スタッフ・キャストがどうにかいい作品にできないかと葛藤し続けた結果だと思います。各スタッフのバトンのつなぎ方も素晴らしかったです」
―本企画のスタイリングも担当されたBabymixさんが手掛けた衣装も素敵でした。
「監督のこだわりである『シーン内の色数を3色相以内におさえる』ルールに則ったなかでも、個性を爆発させるBabymixは、すごいなと思いながら見ていました。同じグレーを使っていても別のドラマを感じられたり、家族全員が赤や青といった同じ色の服を着ているのに自然だったり、面白かったですね。脚本を読んで初めにBabymixと話したのは、『萩尾望都さんを感じるね』でした。私たちだけの感性かもしれませんが、そうやって自由に共通のヒントを探すんです。也英は白にも黒にも行けず、グレーの世界で多くを見ないようにして必死に生きている人。そんな彼女が、後半に近づくにつれて色を取り戻していく衣装の展開も好きでした」
―佐藤健さんとは『仮面ライダー電王』ぶりの共演ですね。
「『仮面ライダー電王』のときに、キラキラしていてエネルギーがすごい人だなーと思ったのを覚えています。実は、健くんとのカップリングには結構緊張もあったんです。想像がつかなかったというか、どうなるのか分からないドキドキ感がありました。完成したものを見て、想像以上に作品の世界が豊かになっていたし、見たことのない感覚になって面白かったです。特に発見だったのは、キスシーン。“ラブストーリーの宝物の瞬間にしたい”と、話さなくても意思疎通があって、どこかドライだからこそ逆にピュアだったと思います。身体能力が高いとキスシーンがステキになるんだ、というのも新鮮な気づきでした」
■向いている人が向いていることを
やるのが一番健康だと思う
―お話を伺っていると、今回は本当に挑戦の連続だったのだと感じます。
「自分にとって得意じゃないところにあえて飛び込んだ気はしています(笑)。気づきもありましたし、逆に自分らしさを再発見できた部分もあったかな」
―自分らしさでいうと、2018年にフリーランスになりご自身で意思決定する瞬間もより増えたのではないでしょうか。
「『誰か決めて〜』と思うことはしょっちゅうありますけど、安定という幻想を必要以上に持ちたくないのも私だから、しょうがないですね。自分ひとりでは色々難しいんだぞ、って感謝を忘れないためのフリーランスでもあると、日々感じています。社会の流れに乗って降りられなくなる、そんな大人たちを目にしてきたし、実際に事務所に所属することをやめて数年、私自身もまだクラクラするときもあります。だんだん流れに乗ったり降りたり、自由自在にいられる体力と精神力を持てたらいいな。みんなにあるんだと思いますが、『こうでないと/こうあるべき』って、子どものころから自分にかけてしまっている、固定観念みたいなものが、毎年ジワジワ外されていく感じが面白いです。恐かったけど、レールを降りてみてよかった」
―固定観念を外して、ゼロから考え直すために。
「特に私は小さいときから働いちゃっているから、きっと多分、『働く』ことに特殊な感情もあるんでしょうね。なるべく自分にも周りにも遊びの日々であってほしいから、どんな風にやったら私らしくてみんなも楽しいのか? を知っていたいなって。ひとりひとりで得意不得意は違うじゃないですか。家族であってもそれぞれに人生があるし、向いている人が向いていることをやるのが一番健康だから、常にカスタムし続けています」
―満島さんがオープンマインドでいてくれるから、周囲の方も自分を鋳型にはめずに本心を伝えられて適材適所が成り立つ。素敵ですね。
「同じ肩書きを持っていても、みんな違うから、沢山の個を生かし合えるのがいいですよね。『First Love 初恋』のキャスティング打ち合わせでちょっと煮詰まったときに、『じゃあ、私の役を違う人に変えるのはどうかな? 』と言って困らせたこともありました(笑)。根本からアイデアを考え直すのはどうかと、まぁ半分冗談もあったのですが。決まりごとを忘れて思考を広げる気持ちは、常に持っていたいと思っています。みんながその人らしく、そしてちょっとずつ気を配り合える関係があったらいいなと思うし、クリエイティブなことに参加するときは、お互いの天才な部分を見つけてを引き出し合えるように、繕うことをせずにアイデアを出していたいです」
―満島さんご自身が開拓されていくことで、新たな流れが生まれるかもしれませんね。
「そんな大それた野望はないので、ちょっとずつしか動けないけど、これまで生きてこられたことへの感謝とか、生まれる前から知っていたような不思議な感覚とか、柔らかい感情を大切にいたいです。日常もだけど、仕事でも更に深くクリーンに、日々を歩んでいけたらなと思います」
profile
満島ひかり(みつしま・ひかり)。1985年、沖縄市出身。数々の話題作に出演し、多数の映画賞・演技賞を受賞。音楽や朗読活動も精力的に行う。子ども番組『アイラブみー』(NHK・Eテレ)では40役以上の声を演じている。Netflix主演ドラマ『First Love 初恋』が世界独占配信中。
photo:ORIE ICHIHASHI / styling:BABYMIX / hair:TOSHIHIKO SHINGU[VRAI] / make-up:NAOKI ISHIKAWA / model:HIKARI MITSUSHIMA