「『一人ひとりみんな違う』でいいじゃないか、と僕は思ってしまいます」超話題の映画『正欲』稲垣吾郎さんインタビュー
――啓喜を演じていくなかで、仕草や姿勢、口調などルール化したものはありましたか?
稲垣 今回は“見え方”をイメージしながら撮ることはありませんでした。たとえば「この顔がこう使われる」「こういうカット割りになる」といった段取りを頭に入れて演じる必要が生まれることもありますが、それって演じている人物の“心”には関係がありませんから。それに岸監督は、一つのシーンを最初から最後まで撮るんです。寄りだったら寄り、引きだったら引きで通すから、僕らからするとどこをどう使われるかもわからないし、カメラを意識せずに演じていました。
ドラマなどだと時間的な制約もあって、あらかじめカット割りの台本が用意されていたりして「仕上がりがこうなる」というのをある程度意識しながら演じる場合もありますが、今回は仕上がりがわからないから自分でコントロールできないし、変に自分から何かしようとしたらノイズになってしまう。そこで生まれた気持ちでやるという、お芝居の原点に返れたような現場でとても面白かったです。
――「シーンの途中からもう一回」などではなく、一連で撮影できると感情のストロークもやりやすいのではないでしょうか。
稲垣 おっしゃる通り感情の波を作りやすいですし、俳優を信じてくれている、ということでもあると感じます。今泉力哉監督の『窓辺にて』では、最後に12分間の長回しのシーンを作ってくれましたが、監督からの信頼を感じて嬉しかったです。ワンカットで固定で撮ると、細かい顔の表情が見えないときもありますが、それでも観る側にはちゃんとわかるから面白いですよね。
そして、編集。『正欲』は一連のシーンの素材が多くて大変だったかと思いますが、岸監督自ら何カ月も編集室にこもって作り上げたと伺っています。渾身の作品なので、ぜひ劇場で観ていただければと思います。
――本作によって価値観を変えられる方もいらっしゃるのではないかと思います。稲垣さんは日々多くの映画を観賞されていますが、映画人生の中でそうした出合いはありましたか?
稲垣 映画は常に夢を与えてくれますが、僕自身は価値観までは変わらないかもしれません。ただ「こんな世界・国・文化・職業があるんだ」と衝撃を受けたり、考えさせられたりするきっかけはたくさんもらってきました。たとえば若いときに観たフランス映画で「愛し合う男と女って凄いな。こんなに情熱的なんだ」と感じたり、それこそ岸監督の『あゝ、荒野』にも衝撃を受けました。生々しさやむき出しの中にエモーショナルさがある骨太な映画でした。森田剛くんが出ている『前科者』も素敵でしたね。『正欲』は朝井リョウさんの小説が原作ですが、朝井さんの作品を映画化した『少女は卒業しない』も素晴らしかったです。
――マイノリティとマジョリティの関係性を描く作品は、映画も含めた昨今の表現物のトレンドともいえますね。
映画は社会を映し出すものですから、いまや、避けては通れないような感じはありますよね。是枝裕和監督の『怪物』も衝撃でした。LGBTQ+といったテーマや、民族などのアイデンティティに関する映画も増えてきたように感じます。『正欲』もこうしたテーマをストレートに打ち出してはいますが、「マイノリティ」「マジョリティ」とカテゴライズしていくと、先ほどの“普通”とは何かといったような議論にもつながっていくから難しいですよね。人なんて、マイノリティはもちろんマジョリティもその中でもっともっと細分化されていくわけですから「一人ひとりみんな違う」でいいじゃないか、と僕なんかは思ってしまいます。そうした意味では、普遍的ともいえるのではないでしょうか。
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interview:SYO
styling:AKINO KUROSAWA hair & make-up:JUNKO KANEDA
photograph:KATSUYA NAGATA(aosora)