━━━彼とだったら子どもを身篭ったりもしてみたかった。作家LiLyによる書き下ろし小説「媚薬と天然石」 vol.3【セルフラブ】
「まずは自分で自分を愛さなきゃ」って書いてあった自己啓発本ならとっくに捨てた。━━━ 全く簡単ではない、セルフLOVE。小誌でもおなじみの人気作家・LiLyさんによる“セルフラブ”をテーマにした、完全書き下ろしの短編小説をお送りします。━━━ あと何日たてば、自分で自分を愛しきれるか。 失恋を経て生まれ変わる、カウントダウン小説。
「媚薬と天然石」
18日経過 >>>>>>>>>>>>>>>>>>
ローマ字で書かれた住所が目に新鮮。国際郵便が無事にこの手の中に届いてくれたことに胸がいっぱいになって、開封する前にTokyo-ToのToの部分の黒いインクが滲んだ茶色の包みを思わず抱きしめてしまった。
中からは、ピンク色のリボンのかかった白い箱が出てきた。リボンを解いてそっと蓋を開けると、紫色をした横長の巾着袋と「Aphrodisiac」ってラベルが貼ってある小さな瓶が入っていた。ココナッツオイルはオーガニックだと記載されていたはずなのに、媚薬? 袋越しにも指に伝わる天然石の硬さにもドキッとしてしまい、中身は確認せずにどちらも枕の下に隠しておくことにした。
イランイランのアロマを10滴たらした湯船に耳まで浸かった。耳まで、が良いと親友に聞いたことがあったからやってみた。
耳の穴まで湯が入ってきて、聞こえてくる音の種類が丸ごと変わって、世界のチャンネルが切り替わった感じがした。これも1週間のファスティングの効果かもしれない。全ての感覚が過敏になっている。
じっくりと芯からあたためた身体に、瓶に入った高価な保湿クリームを惜しみなく塗り込んだ。しっとりと内側から潤うのに表面はサラサラとした絶妙な使用感が大好きで、だけど高いので特別な時にしか使わないと決めている。この瓶の蓋をクルクルとまわしてあけたのは、失恋した夜以来のこと。彼のことを考えるとまだ鋭く胸は痛むのに、それでもなんだか、とても昔のことのように思える。
寝室にも同じアロマを焚いておいた。持っているキャンドルも、全て灯してベッドサイドに並べておいた。彼との夜を期待して買ったシルクの下着を身につけるかどうかは少し迷って、やっぱりやめた。全裸のままでベッドの中に滑り込む。シーツの感触が肌に直に触れて気持ち良く、イランイランの香りとキャンドルの光も合わさってすでにとても癒される。
紫色の巾着袋を枕の下から取り出して、スルスルと布袋を横へとズラしていく。先端が丸くなった、長い棒状の美しいローズクオーツが顔を出す。『セックス・アンド・ザ・シティ』でサマンサが、ホテル王のアソコをピンク色の薔薇に喩えてパーフェクトだと言ったシーンを思い出した。ロング、ストレート、ピンク、パーフェクト。サマンサのセリフに当時の私は笑ったけれど、今は同じような気持ちでうっとりとしている。ただ一つ違うのは、私のローズクォーツは真っ直ぐではなく独特のカーブがかかっていた。
天然石の丸い先端部分に、媚薬という名のココナッツオイルをたっぷりとたらしてアソコに当ててみた。それはヒンヤリと硬く、あまりにも冷たくて、これを中に挿れたら痛いんじゃないか、身体も冷えるんじゃないかと思ったのだけど、ものの数分後には全てが見事に裏切られることになった。
甘く官能的なココナッツの香りの中で、仰向けに寝そべり、膝を立てて脚を開き、深呼吸をして目を閉じた。先端につけたオイルをアソコに馴染ませるようにして押し当てていると、それだけで気持ちが良くなってきた。そこからは、もうスグだった。自分で挿れるというよりも自然と中に滑り込んでいってしまうような感覚だった。
独特のカーブを描いた石の棒の先端が、自分の中にありながらも今まで存在すら知らなかった自分の中の奥の壁にあたる。信じられないほどの鋭い快感が私を奥から刺激する。あまりの気持ちよさに欲が出て、奥へと押し込む手に自然と力が入っていくと、あんなにも冷たかった石が、自分の内側の体温と同化していくようにしてどんどん熱くなっていった。自分の中からも愛液が溢れ出て、オイルと合わさりツルツルと滑ってどんどん奥まで滑り込んだ。すると、先端の丸い部分が、今まで誰も探り当てることのできなかった一点をピンポイントで突き上げる。電流のような快感が身体を走り抜け、つま先に痺れを感じると同時に頭がガクンと枕に落ちた。
生まれて初めて中でイッたのだと自覚するまでに少しの時差が生じたほどだった。一瞬何が起きたのかわからなかったくらいの鋭い快楽は、鐘の音を思いっきり鳴らした後に反復するグワーンという音のような余韻を、いつまでも私の身体に与え続けた。
しばらくしてから、水のような涙が目から自然と流れていることに気がついた。感情も感覚も伴わない不思議な涙を、指で拭って舐めてみた。それはきちんとしょっぱくて、内側から浄化されたのだと感じた途端に鼻の奥がツンとした。感情が一気に込み上げてきた。
悲しい、傷つく、辛い、寂しい、連絡を取りたい、会いたい、キスしたい、セックスだっていっぱいしたい、だけどどうにもできないことが本当に悔しい。
本当は彼ともっと一緒にいたかった。彼とだったら結婚だってしてみたかったし、もっと言うなら彼の子どもを身篭ったりもしてみたかった。
せっかく出会えて好き合えたのに、全てが全て叶わなくって、私は本当に悲しい。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>> 19日経過
我を忘れたかのように声を出して泣きじゃくって、そのまま力尽きて寝てしまったみたいだった。自分の中に入れたままだった天然石は、布団の中で発見された。
キレイに洗って、窓のすぐ下にあるサイドテーブルの上に置いた。英語のサイトに書いてあったのだ。昼間は太陽にあてて浄化することをお勧めする、と。
窓を開けると、白いカーテンが風で舞う。日の光を浴びて、ローズクォーツがキラキラとピンク色に反射する。まだ少し熱を持つ重たい瞼をそっと持ちあげる。ようやく涙を出し切った私の両目に、光るピンクは痛いほどに眩しく映った。
よし、シーツも枕カバーも布団カバーもぜんぶ一気に洗濯しよう。今日は本当にいい天気。……彼と出会ったきっかけは、雨だったな。
ラストに続く。
otona MUSE 2023年7月号より