映画『ルート29』綾瀬はるかインタビュー「いわば無の境地でその場に委ねる。そこが難しかったですね」
何にも頼らず委ねるしかない。経験をそぎ落とすような作品作り
監督の演出はどう感じました?
「撮りたい画が監督の頭の中には全部できているから、すっごい細かいんですよ。でも、撮影はテストと本番だけ、もしくはテストなしでいきなり本番なんです。試されてますよね(笑)。撮影時、はっきり覚えてることがあるんです。最初のシーンを一度撮ったとき、“綾瀬さん、ちょっと話しましょう”と呼ばれたんです。そしたら、監督は “僕は綾瀬さんをテレビでずっと見ていて、悪い意味ではなくとても変な人だと感じていて、のり子に近いと思っている。僕の映画は、その人が存在してることに意味がある。だから演じようと思わないでください。綾瀬さんがそこにいればいいので”って言われたんです」
ということは、素の綾瀬さんでいろ、ということになりますがそうはいきませんよね。セリフもありますし。
「そうなんですよ。そこにいればいいだけではすみませんからね。しかも、セリフのあるパートは会話するシーンだから、伝えようとするじゃないですか。そうすると、監督からは“伝えようとしすぎです”って指示が飛ぶ。会話しているのに伝えないでください、ってどういうこと!? ってなっちゃうんですよ。それで、独り言みたいな感じでつぶやいて、でも相手と会話をするということをやってみたんですが、すごく難しい。クランクインのときは、市川実日子さんが演じるハルの母・理映子とのシーンで、その会話があるからその後の旅が始まるという重要なシーン。なのに、なかなかオッケーが出なかったんですよね。すごく感覚的に指導してくれる監督だから、言葉は難しいんだけども、感覚的には伝わってくるもどかしさがあって」
仲よしの市川さんとのシーンだったから乗り越えられたのでは?
「実日子ちゃんとは最初と最後のシーンしか共演できなかったんですけれども、彼女は“監督が言いたいことはこういうことですよね?”と、いつもあいだに入ってくれましたね。まるでプロデューサーみたい(笑)。それでも私は超難しいと悩んだんですけど、のり子を演じるんじゃなく、今までの経験を全部そぎ落として、降りてきたセリフを言うぐらいにその場に委ねることが必要なんだ、と悟ったんですよ。いわば無の境地。そこが難しかったですね。でも、それを意識してやるようにしたら、監督がおっしゃることもちょっとずつ分かるようになってきました」
のり子は伝えることが苦手なキャラクターですもんね。
「そう。だから、何にも頼らず委ねるしかない。私のシーンではないんですが、子どもたちの声だけが必要なあるシーンでは、ちょっとでも作為的に感じられる、お芝居をしているような音声が入ったらやり直し。それで、“集中してないから1回あっちの部屋行って集中してきて”っていうことがあったくらいでしたから。その場に存在するだけ、といっても、お芝居感があってもダメだし、役として集中していないとダメ。だからすごく難しいんですよね」
めちゃくちゃ見透かされてますよね。
「本当に。だから心から私は無(笑)。周りにいろんな人がいるけど、私は世界でひとりしかいない、みたいな感じでした。それも初日から2日くらいは難しいと思ったんですが、掴んでからは監督からは何にも言われなくなりましたね」
そのころにプライベートで会った人たちとか、ちょっとびっくりしませんでした?
「大丈夫。カットがかかったらもう普通に戻るんです(笑)。とはいえ、本当に難しかったですね。意識して無になるって初めてだったので。完成した映画を観るまで、果たしてどこまでできてたかは分からなかったですね」
今まで見たことがない綾瀬さんでした。
「それを聞いてホッとしました(笑)」
大沢一菜さんとの共演はいかがでしたか?
「一菜ちゃんは、会った瞬間“あみ子だ!”って思ったのと同時に、監督がのり子について言っていたことはこういうことなのか、とも思いました。だって、監督が言ってることそのままの人が目の前に現れたんだから。自分の中にある宇宙が大きいことだけは分かってるんだけれども、それをどう表現していいのかがよく分からなかったり、大人によってそれをおさえつけられてしまったり。それなりに経験を重ねてしまうと、自然に身について器用になっちゃこともあるじゃないですか。そうではなく、そのままでっていうことを大事にすることができている。すごく素敵ですし、恐るべき才能」
この作品も、監督や大沢さんもいいこ゚縁でしたね。
「このタイミングでなければ出会えなかったでしょうし、そう思います。しかも、旅をしながらドキュメンタリー風に撮影しているみたいなスタイルだったので、初めて演じている役なのにすごく懐かしいなって思ったんですよ。というのも、10代のころ初めて映画に出演したときも(短編映画のオムニバスシリーズ『Jam Films』の一編「JUSTICE」。監督は行定勲)、こういう感じだったんです。またそういった作品にこのタイミングで出会えて、しかもそれを私も求めていたことに気づき、すごくよかったと思っています」
この先の仕事にとても役に立ちそうな経験でしたね。超大作ばかりではなく、この規模の映画もこれからは率先して出演したいですか?
「以前から大作にこだわっていたわけではないんですが、この経験でより大作とは違う現場のよさを感じています。家族みたいな関係性でひとつのものを作っていくスタイルが、自分の性格には合っているのかも、とも思っています」
direction & make-up:UDA[mekashi project] photograph:KATSUHIDE MORIMOTO styling:REINA OGAWA CLARKE hair:YUSUKE MORIOKA[eight peace] model:HARUKA AYASE interview & text:MIYU SUGIMORI, MASAMICHI YOSHIHIRO
otona MUSE 2024年12月号より