「香りは気を動かし、動くことで運気は変わる」スタイリスト風間ゆみえの「香水と私の8つの話」vol.2
ROMANCE ALERT
LE DIEU BLEU
BY Astier de Villatte
目覚めた香り
昨年プレスハウスのオープンデーに出会った香水、“ル・デュー・ブルー”。それは、私たちの記憶に存在しない匂い。それは歴史的な香り。
紀元前4000年、古代エジプトの儀式で使われていた
聖なる香油キフィが現代に蘇る、なんてロマンティックなのと胸を躍らせながらも、
そんな古の香りは濃厚で重たく
刺激的なものなのだろうと、安直に想像した匂いを
準備しながらムエットに吹きかけ軽くそれを揺らしてみる。
—鼻先に届いた匂いに驚く。まずは、まるい。やわらかい。甘い金色の匂い。
すぐにも調合を聞くと、樹液、根、樹皮、没薬(ミルラ)、
蜂蜜、ワイン、エニシダ、サフラン、ジュニパーなど。
金色はハチミツ......エニシダの温かみのあるふくよかな
感じ、官能的にきいているミルラ。
覚えているはずも、想像に至るのも困難な古の匂いが、
なぜかしっくりとくる。
6000年の時を超えて、それは新しい恋にも似たときめきのよう。
FLOAT
Abyssae
BY L’Artisan Parfumeur
余韻
香水ってつけてすぐは鋭敏に感じ取れるのに
しばらくすると、意識下から消えるー。
気の置けない友人たちと楽しく食べて飲んで
おしゃべりして、
ほろ酔いで住宅街の細道を帰る春の夜。
ご機嫌な千鳥足に揺れる髪、絡めた腕から伝わる体温。
ふっと鼻腔をくすぐったのは、出がけにひと吹きした
“アビサエ(ラテン語で深海)”。
それは心をおだやかにさせる
力が込められたウッディノート。
ユーカリ、ローズという個性的だけど心に響くアコード。
もう少し嗅ぎたくて深呼吸した瞬間、周囲から音が消えた。
まるで深い深い海の底に落ちて、
ひとりふわふわ遊んでいるみたいな気分に。
友人の声が少しほわんと遠くから聞こえる。
なんだか楽しくて、見上げた空は星が綺麗だった。
とある日、ふと周囲からアビサエが香った。
いい趣味ですね、なんて偉そうに、
好きな香りを嗅いでいたらすごくいい気分になった。
お酒は飲んでいないのにプルースト効果かしら。
ゆらゆら、ゆらゆら楽しい記憶の余韻に浸る。
photograph:BUNGO TSUCHIYA[TRON](image), MAYA KAJITA[e7](cut out) styling & model:YUMIE KAZAMA art:EIICHI KASHIMURA
2023年 otona MUSE 5月号より