「私ね、人生プランが『カバーモデル』『母親』の二軸だけなんだよね」梨花が選択した【生き方】
31歳
カバーモデル、バラエティへ
『sweet』を軸にまた、雑誌を始めたけど、すぐに表紙ができたわけじゃなかった。でもまた、私服ページの反響のよさがゲームチャンジャーに。少しずつだけど認められていく実感があったんだよね。そして、31歳で『sweet』の表紙を飾れて。もう一度、カバーガールになれた!

31〜36歳がバラエティ全盛期。モデルとしても10誌ぐらいの雑誌の表紙を常にルーティンでやっていて、コンビニに行くのが楽しみだった。自分の表紙を本棚の前列にめちゃめちゃ並べて置いたりして。そんな感じを結構何年間かやらせてもらってた。やっと報われた。満足度があった時期だった。


バラエティはすごい好きだったの。イメージがよくないから、やっぱりバラエティに出るのをやめたほうがいいんじゃないっていうことはすごく言われたんだけど、自分の意思でやってたから。ただ途中でネジがおかしくなっていっちゃって。自分を演じて、犠牲にして、笑いをとっていくっていうのがエスカレートして、麻痺していって——。モデルの仕事もやってたから、寝る時間は移動中、みたいなありえないスケジュールになるのね。そうするとやっぱりなんか壊れていっちゃうんだろうね、精神が。だからこう、仕事なくても壊れてくけど、売れ過ぎても壊れてくっていう怖い世界だよね。
仕事がなくても壊れていくけど、売れ過ぎても壊れてく。

カバーモデルの次の目標だったビルボード
36歳
「テレビを全部辞める」という選択
36歳のときに結婚。子どもが欲しかった。けれど、流産を繰り返す日々——。いろいろと検査をしても、明確な原因はないという息詰まる事実に、こんなにも望んでいる子どもが授からないかもしれないという未来に、本当に気持ちが真っ暗になっていった時期。当時は深夜まで仕事をして、朝5時に寝る、昼に起きてまた仕事に行くってサイクルだったから、子どもを授かるためにも、メンタル的にも、きちんとした生活にしなきゃダメだと思って、バラエティを全部辞める決断をした。自分を奮い立てるような、それでいて祈るような気持ちで。できることは全部やりたかった。絶頂のキャリアより、出会いたかったのはひとり——。

何を幸せとするか。
P1-4 All photograph by『NO. 22 RNKA』(SDP), Courtesy of STARDUST PROMOTION
P5 上 photograph by ITTETSU MATSUOKA from otona MUSE AUGUST ISSUE 2026
P5 下 photograph by YUKI KUMAGAI from otona MUSE AUGUST ISSUE 2022
P6 photograph by TISCH from otona MUSE JULY ISSUE 2015
otona MUSE 2026年9月号より
EDITOR
37歳、輝く季節が始まる! ファッション、ビューティ、カルチャーや健康など大人の女性の好奇心をくすぐる情報を独自の目線で楽しくお届けします。










