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アカデミー賞ノミネート監督・山崎エマはなぜ『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』のか?【著者インタビュー】

他の人と人生を比べることで自分の環境に気づけたのも大きい

――ドキュメンタリーの2本『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』と短縮版『Instruments of a Beating Heart』はもちろん素晴らしかったんですが、書籍『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』も本当に面白かったです。

山崎 やった! 褒められまくってる。もっと言って下さい!

――まえがきにありましたが、自分語りはお初、なんですよね? そうとは思えなかったですし、超絶ユニークな成長録でした。

山崎 自分語りも本の出版も全く、人生プランにはなかったんですよね。

――いや、これを決めた編集者の目は確かかと。だって、すごい話なんですもん。なんでこれまで著書は考えなかったんです?

山崎 書くことはあまり得意じゃなくて、苦手意識もあったんですよ。それも学生のころから。だから、映像がいい、と思ってやってきたんですよね。本でも振り返ったように、そもそも大阪のおしゃべりな子が、ダンスとかに出会ったことでからだで表現することを覚え、文字など残るような方法ではないやり方をしてきているから、映像に出会ったときに、私が「伝える」方法はこれだ、と思ったんです。作品を作って取材を受けるようになり、取材でしゃべる機会は増えたんですけど、自分で文章化するのはちょっと恐怖があったんですよね。

 

――こうしてご自身で書いてみてどうでした?

山崎 ドキュメンタリーを作るほうがぜんぜん手間がかかるんですが、なにせ書くのが初めてだから、かなり苦労しました。担当編集者のおかげで形にできた、と思っています。

――出版のお話は、アカデミー賞の後ですか?

山崎 そうです。アカデミー賞のノミネートを受けてから、いろいろなチャンスがありました。この本もそうですし、絵本を出さないか、とか。そこで何をするかしないかを自分なりに考えて選んだのがこの本になります。

――『小学校〜』の制作日記みたいなビハインドストーリー本っていうことも考えられたと思いますが、あえてご自身の人生のストーリーを振り返ることにしたのは?

山崎 『小学校〜』で描くことができなかった部分を文章化するというプランはなかったんですよね。それだったら、むしろ私じゃなくても書けますから。

――ライターさんはもちろんですけど、映像にできなかった小学校の仕組みみたいなところは学者さんや専門家が補完してもらえればいいですものね。

山崎 そうそう。私の人生の軸で、私にしかできない、私だからできる、ということに挑戦しているつもりなんですね。なので、映画を文字としてノンフィクション化するのは全く考えてなかったですし、自分にしかできないことを広げるとしたら、自分のストーリーを今やるのが一番適していると思ったんです。

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Interview & Text_MASAMICHI YOSHIHIRO
Photograph_KAZUYUKI EBISAWA[MAKIURA OFFICE]

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WRITER

1972年、東京都新宿区生まれ。大学在学中からゲイ雑誌『バディ』編集部で勤め始める。卒業後、音楽誌、情報誌、女性誌などの編集部を経て独立。『sweet』、『otona MUSE』(共に宝島社)で編集・執筆のほか、『an・an』(マガジンハウス)、『家の光』(家の光)、『with』(講談社)、『J:COMマガジン』(J:COM)など多くの媒体で、インタビューやレビュー記事を連載。テレビ、ラジオ、ウェブなどでも映画紹介をするほか、イベントでの解説、MCも。ゴールデングローブ賞国際投票者、日本アカデミー賞会員、日本映画ペンクラブ会員。

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