PEOPLE

アカデミー賞ノミネート監督・山崎エマはなぜ『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』のか?【著者インタビュー】

次回作は『小学校~』の大人版!?

――そういえば、小学校のロケ先なんですが、ほんといいこと思いつきましたよね。『甲子園〜』は、甲子園100回大会の記念年だったから前人未到の密着ができた、という経験をもとに、小学校は東京オリンピックのイベント年を活用するなんて。

山崎 いやいや、もうあれは必死で。必死さが増したことで、なんか手はないか、ってずっと考えてたんですよ。以前住んだことがあった世田谷が、たまたま東京オリンピックでアメリカのホストタウンになることが分かったから、話くらいは聞いてくれるんじゃないか、と持って持ちかけたのがきっかけです。

――にしたって、小学校に1年密着。しかも、生徒を撮るなんて無理ゲーですよ。

山崎 そう。絶対ないですよね(笑)。いまどき珍しいマンモス校でしたし。でも、そこで関係性を構築して、映画の中での1年生、今はもう6年生になったんですけど、彼らと親御さんのOKをとって。しかも学校って、先生が転勤しちゃうんで、映画に出てきた先生方はもうあの学校にはいないんですよ。それくらい刹那なものだった。

――それでいうと、たまたまとはいえ、コロナ禍における学校生活を切り取れたのも、史料的な価値がありますね。

山崎 本当にたまたまでしたけどね。最初は2020年4月から撮影を始めようとして、その当時の1年生と関わり始めたんですが、緊急事態宣言で中断。それで翌年から仕切り直しになったんですが、あのときいつ休校になってもおかしくないくらい不安定だったじゃないですか。やってるときも、後半はきっとマスクがとれるはず、と思ってたのにぜんぜんそんな感じじゃないですし。だから、一回全部をやめて、仕切り直しで5年か10年後にやるか、みたいな話も出たくらい。結果としては、もともと訴えたかったテーマ性にプラスして、あの困難な状況下での教育現場も収めることができて、よかったんだと思います。子どもはもちろん、大人も正解がないなかでなんとかしようとしてる姿が収められましたから。

――不謹慎ですが、ラッキーではありましたね。

山崎 人類の歴史レベルで残せてよかったと思いますね。『甲子園〜』はコロナ前で、『小学校〜』はコロナ禍、次の作品を含めて何かしらのテーマを持った3部作として観られる時代がきたら面白いですよね。

――ってことは、次回作も学校?

山崎 いえ。次は学校で学んだことがどうなっていくのかを描く、『小学校〜』の大人版を考えてます。こういう教育を受けた子どもが育つとどういうことになっているのか。日本の強みって、今も昔も組織力、チーム力だと思うんですよ。組織や企業に入ってくる20代の若者とそれを仕切る60代の間は断絶して価値観がぜんぜん違う。なのに、外から見た日本の大人のイメージは90年代イケイケ時代の組織に忠実なサラリーマン像が強く残っているんですよね。そこが画一化されたものなのか、それとも変わってきているのか。分断がちょっとでも減って、関心を持って理解し合えるようになることに、ちょっとでも貢献できればと思っています。

――それはオモロそう。中学校をやるのかと思ってたんですが(笑)。

山崎 インターナショナルスクール行っちゃったんで分からないんですが、中学校はまた、小学校とはぜんぜん違うんですよね。一気に人間形成されるって聞いてます。ちょっと興味あるんですよね……映画じゃなくても撮ろうかな。

――期待してます。あと、次の著書も!

『⼩学校〜それは⼩さな社会〜』
story 「6歳児は世界のどこでも同じようだけれど、12 歳になるころには、⽇本の⼦どもは“⽇本⼈”になっている。すなわちそれは、⼩学校が鍵になっているのではないか」との思いを強めた山崎監督が、1年間、150⽇、700時間世田谷の公立小学校に密着取材したドキュメンタリー。本作の短編版『Instruments of a Beating Heart』が第97回アカデミー賞で短編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
監督・編集:山崎エマ/配給:ハピネットファントム・スタジオ/公開:現在、Netflixほかにて配信中
© Cineric Creative / NHK / ZED Pystymetsä / Point du Jour

映画『小学校~それは小さな社会~』 公式サイト

『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』
山崎エマ 新潮社/¥990(発売中)

『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』(山崎エマ/新潮新書)

Interview & Text_MASAMICHI YOSHIHIRO
Photograph_KAZUYUKI EBISAWA[MAKIURA OFFICE]

PEOPLE TOP

WRITER

1972年、東京都新宿区生まれ。大学在学中からゲイ雑誌『バディ』編集部で勤め始める。卒業後、音楽誌、情報誌、女性誌などの編集部を経て独立。『sweet』、『otona MUSE』(共に宝島社)で編集・執筆のほか、『an・an』(マガジンハウス)、『家の光』(家の光)、『with』(講談社)、『J:COMマガジン』(J:COM)など多くの媒体で、インタビューやレビュー記事を連載。テレビ、ラジオ、ウェブなどでも映画紹介をするほか、イベントでの解説、MCも。ゴールデングローブ賞国際投票者、日本アカデミー賞会員、日本映画ペンクラブ会員。

SHARE

  • x
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • LINE

Pickup

Weekly ranking

VIEW MORE