アカデミー賞ノミネート監督・山崎エマはなぜ『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』のか?【著者インタビュー】
3歳の息子と私はイギリス英語と日本語、夫とはアメリカ英語!
――じつは私の知人にも山崎さんの幼少期と似たことを経験した人がいまして。同じくイギリスなんですが、わけのわからないまま送り出されて英語教育を受け、日本に帰ってからアイデンティティに苦しんだ、っていう。もちろんその人の親御さんにも思惑があったんですけど、それが分かるのと分からないままとは違いますよね。
山崎 いや、ほんとそうです。私の両親がやってきたことを私もマネしたいんですけど、ぜんぜんできてなくて。どうやってこういう決断をしたんだろう、ってことは、本を書き終えた今でも不思議に思っています。
――ともすると、何かうまくいかないときに親のせいにしちゃいそうなシチュエーションですけど、そうでもなかった?
山崎 なかったんですよ。親のせいにするっていう発想自体がなくて、うまくいかないと感じていた当時は「世界ってこういうもんだ」と思ってたくらいですので。
――この本のためのインタビューじゃ足りなかったでしょ?
山崎 もう追加取材してますよ。息子が生まれた瞬間から(笑)。でも、私にしてくれたことをそのままコピペできないんですよね。うちの息子は3歳なんですが、私とはぜんぜん違いますし、親としての状況も全く違う。コピペできない分、私と夫なりの正解を出さないと、と思いながら子育てしてますよ。
――厳しいですねー。コピペできたら楽なのに。
山崎 そうなんでしょうねー。でも、子どもも親もみんなそれぞれ個性が違いますから。たとえば本に書いた通り、私の場合は父とは英語、母とは日本語、親同士は英語でコミュニケーションをとってましたけど、うちはこれまた違ってて。私と息子は日本語、夫と息子はアメリカ英語でしょ。その時点でイギリス英語だった父とはシチュエーションが違う。それだけでなく、父はけっこうな時間家にいましたけど、夫は出張が多いのでそこまで家にいないんですよ。そうすると、息子には英語が足りなくなってしまったり。
――日本語だけになってしまうと、山崎さんとぜんぜん違いますもんね。
山崎 英語も日本語もネイティブレベルでできる環境があるのに、息子が日本語しかできない、あえて制限をかけているみたいなことになるのはもったいないと思うんですよ。そのために、夫がいないときでも、英語と日本語で話しかけていくようにしたり。うちの両親とはスタンスが違うけど応用しているみたいなかんじで取り組んでます。
――試行錯誤の連続ですね。
山崎 そうそう。それはうちの両親も同じだったとは思いますが、試行錯誤してることを子どもに感じさせなかったのがすごいと思います。私も「今日は日本語ね」みたいなことは言わずに、いろいろ試しています。

Interview & Text_MASAMICHI YOSHIHIRO
Photograph_KAZUYUKI EBISAWA[MAKIURA OFFICE]
WRITER
1972年、東京都新宿区生まれ。大学在学中からゲイ雑誌『バディ』編集部で勤め始める。卒業後、音楽誌、情報誌、女性誌などの編集部を経て独立。『sweet』、『otona MUSE』(共に宝島社)で編集・執筆のほか、『an・an』(マガジンハウス)、『家の光』(家の光)、『with』(講談社)、『J:COMマガジン』(J:COM)など多くの媒体で、インタビューやレビュー記事を連載。テレビ、ラジオ、ウェブなどでも映画紹介をするほか、イベントでの解説、MCも。ゴールデングローブ賞国際投票者、日本アカデミー賞会員、日本映画ペンクラブ会員。










