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アカデミー賞ノミネート監督・山崎エマはなぜ『それでも息子を日本の小学校に通わせたい』のか?【著者インタビュー】

ブルマって、なにアレ。今考えると信じられない

――息子さんの初等教育は山崎さんと同じ日本式で行くんですよね?

山崎 はい。今は保育園に通っていて、このまま近所の公立小学校に進学する予定です。ただ、私のように中学からインターナショナルか海外の学校か、と言われると、まだ決めかねてます。

――パートナーさんはどう考えてらっしゃいます?

山崎 彼はアメリカ育ちで、日本の小学校や教育システムを全く知らなかったんですよ。すごくリベラルで、教室内で同じことをしている人が誰もいないくらい自由な環境で教育を受けてきていました。でも、『小学校〜』を一緒に作ったプロデューサーでもあるので、公立に通わせることは同意してくれてます。

――『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』(20)では高校にも密着され、かなりな時間日本の学校を撮られてきましたが、そんな監督からして日本でしか起こり得ないな、と感じていることはなんでしょう?

 

編集部注……『甲子園:フィールド・オブ・ドリームス』2018年、夏の甲子園は記念となる第100回目の大会を迎えた。日米の合同クルーは、激戦区となる神奈川県の横浜隼人高校と、大谷翔平や菊池雄星を輩出した岩手県の花巻東高校を密着取材。青春のすべてをひと夏にぶつける球児たちや、共に喜び、共に葛藤する監督2人の1年間を追いかけたドキュメンタリー映画。Netflixで配信中。

 

山崎 日本の社会は、生活面や人間形成も含めて、学校にその役割をしてくださいっていうシステムなんですよね。もちろん学校や先生がたの色はある程度あるんですけど、基本的な学習指導要領に沿った内容が大体決まってて、ユニバーサルなシステムっていうのが日本のよさでもあり、息苦しさも作ってるんだと思います。その一方で、そこが画期的。アメリカとかだと、共通の理解がなかなかないですから。でも、日本にずっといる方からすると、日本の教育が世界中でも似たようなもんだと思いがちですが全然そうじゃないですからね。『小学校〜』を世界中で上映しましたが、海外の人からよく言われたのは「子どもたちが小さいころから役割を任され、大人が責任を与えてる」ってこと。日本だと『はじめてのおつかい』って番組ありますけど、それが世界中で大ヒットしたのは、あれがある意味で衝撃映像だったからなんですよね。日本だとちょっと大人のように子どもを扱いますし、学校では集団の中でどう生きていくかの練習みたいなところはかなりユニークなのかなと思います。国によっては、子どもが働かないといけないみたいなまだ状況がありますけど、それとも、違いますしね。でも日本のように発展してる社会では、子どもは子どもらしくみたいなものもありますから、『子どもらしくいつつも、大人と同じ役割、責任みたいなものはある』というのはなかなかほかではないと思いますよ。

――社会生活に出ても困らないだけの、最低限の知識を与えている。

山崎 そうそう。社会に入る練習は、極端にいえば保育園から始まっている気がしますし、小学校ではそれがあたりまえ。学校っていう場所の役割が、勉強は当然だけど、それよりも大事な人と関わる練習の場になっているんですよね。

――私もドキュメンタリーと本を拝見する前は、小学校なんていい思い出一つもありゃしない、と思っていましたけど、俯瞰してみるとすごくいいことをしてもらった、と、ポジティブに捉えることができましたもん。なにせ、暴力教師がたくさんいる時代だったんで。

山崎 時代的にビンタ、げんこつがあたりまえにありましたよね。

――そうそう。今はそれよりはヘルシーになったけど、厳しく指導するところは変わっていない。

山崎 暴力は一切認められませんが、厳しい指導というのはバランスなんですよね。私の小学校時代と今のそれも違いますから。個々にとってなにが最適か、個性を伸ばすためにはなにが必要か、ってことは長年言われているから、現場でもそれが浸透しているし、ありのままを認めつつも、個々の持つ才能を見極める先生が増えているんですよね。そこはほんと進化してると思います。

――私のころは、給食はみんな同じ量、同じ時間で食べきるのが決まりで、泣いても許されないって感じでしたから。

山崎 それ、私のころもありましたよ。廊下に立たされたりして。でも、授業を受けてないとダメだから廊下の窓から首を出せ、とか(笑)。しかもブルマですよ、体育。

――あれ、なんだったんでしょうね……今だったら犯罪。

山崎 ほんと、信じられない(笑)。

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Interview & Text_MASAMICHI YOSHIHIRO
Photograph_KAZUYUKI EBISAWA[MAKIURA OFFICE]

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1972年、東京都新宿区生まれ。大学在学中からゲイ雑誌『バディ』編集部で勤め始める。卒業後、音楽誌、情報誌、女性誌などの編集部を経て独立。『sweet』、『otona MUSE』(共に宝島社)で編集・執筆のほか、『an・an』(マガジンハウス)、『家の光』(家の光)、『with』(講談社)、『J:COMマガジン』(J:COM)など多くの媒体で、インタビューやレビュー記事を連載。テレビ、ラジオ、ウェブなどでも映画紹介をするほか、イベントでの解説、MCも。ゴールデングローブ賞国際投票者、日本アカデミー賞会員、日本映画ペンクラブ会員。

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