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【体験レポ】世界遺産にも登録。日本屈指の強力パワースポット・熊野本宮大社と熊野速玉大社に行ってみた

お参りするたびに神秘的な力を感じる熊野本宮大社

神殿への入り口がこちら。一歩入ると空気が変わります(※あくまでも個人的な感想です)

和歌山県田辺市にある熊野本宮大社(来世)は、全国に4,700以上もある熊野神社の総本宮で、創建はなんと紀元前33年。ちょうど縄文時代後期から弥生時代にあたり、三山各社、創建時代が異なります。そもそも熊野那智大社(現世)・熊野速玉大社(前世)を含む熊野三山は、現世のけがれを落として新しく生まれ変わる”よみがえりの聖地”として信仰を集めました。熊野詣の勢いが盛んだった平安時代から室町時代にかけては皇族から庶民まで多くの人々が参詣し、その行列の多さから”蟻の熊野詣”とたとえられたとか。

 

そして熊野本宮大社の運命を大きく変えたのが、明治22年8月に発生した熊野川大洪水。一部地域で24時間降水量が1,000㎜を超えるという、現代でも滅多にない記録的な大雨になったのです。ちなみに和歌山県新宮市熊野川町にある「道の駅 瀞峡街道 熊野川」には、熊野川の氾濫で到達した最高水位8.27mを示すモニュメントと慰霊碑が今も残されています。初めてモニュメントを見たときは、その水位の高さに本当に驚かされました。当時の熊野本宮大社である旧社地「大斎原」があったのは、熊野川・音無川・岩田川の3つの川が合流する中洲。そのため社殿の多くは流され、流出を免れた上四社の社殿を明治24年に現在の高台に移築したといいます。

大鳥居の先には158段の石段が。これを一段一段登るにつれて、不思議と心が静まるんです

八咫烏(やたがらす)といえば、サッカー日本代表のエンブレムですが、熊野本宮大社とも切っても切れない深い結びつきがあります。そもそも八咫烏は熊野の神々の使いであり、神そのものとも同一視される聖なる鳥。日本神話の『神武東征』のエピソードにも登場します。初代天皇である神武天皇一行が熊野の険しい山中で道に迷ったとき、八咫烏が先導して無事に山を抜けたことから、「導きの神」として信仰されているのです。また、サッカーにおいては、「ボールをゴールへと正しく導くように」「勝利へ導くように」という願いが込められているそう。

筆者は5月に訪れたということもあり、社務所前には日本代表への応援メッセージが。これは「サッカーの聖地」とも呼ばれる熊野本宮大社ならではの光景ですよね

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text:KYOKO CHIKAMA

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WRITER&EDITOR。メンズ・レディースのファッションを中心に雑誌やWeb媒体、ブランドのコンテンツ制作などに携わる。旅とお酒(無類のビール好き♡)が趣味で、最近は日本人にあまり知られていないアジアの島に夢中。

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